【ERITRIA@MASSAWA】
エリトリア??WHERE??
この旅で行くまで名前も知らなかった国。
長い間イギリスの植民地であったが`52年にエチオピアと同盟を組む。
しかし、エチオピアは連邦離脱を決議したエリトリア議会を軍で包囲、エリトリアを併合すると、当地の住民の不満は高まり、1960年代からエリトリア独立戦争として、解放勢力は独立運動を展開するようになった。
`91年にエリオピア政府の指導者を倒し、独立宣言をする。
`98年からはエチオピア・エリトリア国境紛争が武力衝突に発展し、2000年に和平合意成立、国際連合エチオピア・エリトリア派遣団(UNMEE)が展開した。国境案が提案されたものの、両国間の合意が進まず、`08年にUNMEEは撤退、緊張状態が続いている。
(Wikipediaより)
つまり、まだいつ戦争が起こるかわからないってこと。
街中の建物は銃弾のあとだらけだし、戦車もあったりして。。。
ここで起っていた戦争のことを想像すると怖くなると同時に、ココロが悲しくなりました...
けど、生活する人たちは陽気でお散歩していると笑顔で挨拶をしてくれました(*´∀`*)
町歩きの時も男の人を見ることは少なく、女性と子どもばかり・・・?
独立はしたものの、重要な産業もなく世界でもっとも貧しい国の一つと言われているエリトリア。
村へも訪問してきました。
おうちはこんなかんじで、いろんなものをかき集めて拾ってきてたおうち。
ひとつのおうちへお邪魔してエチオピアコーヒーをごちそうになりました(*´艸`*)
豆を棒でたたいて細かくして、壺にいれてそのまま水をいれて火にくべてそのまま注ぐ!?
こちらでも砂糖をいれて飲む模様です!!
農作をするには栄養不足の土と、岩だらけの土地。
そこで「マンザナールプロジェクト」というマングローブを育てるプロジェクトが日本人によって行われています。
「当初は度も何度も海に流されて失敗しました。
もうダメなんじゃないかとあきらめそうになったこともあります。
しかし、あきらめずにやり方の工夫をしました。
現在は、女性を働き手として紅海の海岸線沿いにマングローブを植えています。
マングローブの葉は家畜の貴重な餌となっています。
今のやり方になってから、ちゃんと育つようになり、徐々に海を豊かにし、魚たちが住み着くよう になりました。
漁業が行えるようになり、仕事がひとつ増えました。」とSTAFFより説明がありました。
そんなプロジェクトに参加し、マングローブの種を蒔いてきました!!
これがマングローブの種。
波で流されないように、空き缶の中に種を入れ、柵で囲いを作ります。
少し育って、波にも負けないくらい根がはったら囲いをはずします。
こんなに立派になります!!
→これで家畜が育って畜産業ができることになります!!
こんな遠くの地でも日本人が活躍していると思うと、誇りに思いました(p*・ω・)p
【EGYPT@PORT SIDE】
アフリカ大陸とユーラシア大陸の間を流れるスエズ運河を通り、日本人が設計し、建築した橋の下をくぐり、

エジプトに到着です!!
エジプトと言えば、もちろんピラミッド!?
3段ピラミッドと呼ばれているもの。
そして、かの有名な「クフ王のプラミッド」はこちらー!!
んでもってめちゃくちゃおっき~い!!
カメラに収まりきらない。
ひとつの石の大きさはこの通り、私の背丈とおんなじ150cm!!
腕の長さともほぼ一緒なので、詳しいサイズを知りたい方は、言っていただけると再現できます(笑)
確かに街中ど真ん中に突如と砂漠地帯が現れピラミッド郡はそこにありました。
なんか不思議な光景。
砂漠にラクダ、それにエジプトの民、実にマッチしていて風情があります(*´∀`*)
初ラクダ体験してきました(*´艸`*)
親子3代が眠るピラミッドたち。
人力だけで作られたなんて信じられません!?
次は目の前に有名なネコ?「スフィンクス」
スフィンクスの後方から後頭部を見ながらバスで移動してきたもんだから前から見た時の感動が半減。
けど、ピラミッドとのコラボにはやっぱり感動!!
そんな感動もつかの間...目の前にはMACとPIZZA HATが本当にありました・・・。
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